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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)321号 判決 1999年4月22日

主文

特許庁が平成九年異議第九〇六三一号事件について平成一〇年八月一二日にした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の求めた裁判

主文第一項同旨の判決。

第二  事案の概要

一  特許庁における手続の経緯

原告は、第三六類「預金の受入れ」を指定役務とし、別紙に本件商標として表示したとおりの構成から成る登録第四〇三四三七一号商標(平成四年九月二六日登録出願、平成九年七月二五日設定登録。本件商標)の商標権者である。

米国法人シティバンク エヌ・エイは、平成九年一二月九日、本件商標につき登録異議の申立てをし、平成九年異議第九〇六三一号事件として審理された結果、平成一〇年八月一二日、 「登録第四〇三四三七一号商標の登録を取消す。」との決定があり、その謄本は同年九月七日原告に送達された。

二  決定の理由の要点

(1) 登録異議の申立ての理由

登録異議申立人は、別紙にそれぞれ引用登録商標として表示したとおりの構成より成り、平成四年九月三〇日登録出願(特例出願)、第三六類「預金の受入れ及び定期積金の受入れ、資金の貸付け、内国為替取引、金の保護預かり、外国為替取引」を指定役務として登録された登録第三一七六四一三号商標(平成八年七月三一日設定登録。別紙参照)及び登録第三二三四七〇三号商標(平成八年一二月二五日設定登録。別紙参照)を引用して(引用商標)、本件商標は、「CITY」の文字を含み、「シティ」の称呼を生ずるのに対し、引用商標は、その構成中「BANK」の部分は自他役務の識別力が弱く、要部「CITI」から「シティ」の称呼を生じる。そして、引用商標は日本国内において周知著名な商標であり、また、「CITI」「シティ」は「シティコープ・グループ」の著名な略称としてよく知られている。したがって、「シティ」の称呼を生じる本件商標をその指定役務に使用すると申立人の業務に係る役務との間で出所の混同を生じるおそれがあり、また、申立人及びその属する企業体「シティコープ・グループ」の著名な略称である「シティ」を含むものである。よって、本件商標は、商標法四条一項八号及び同一五号に違反してなされたものであるから、取り消されるべきである旨主張し、証拠方法として異議甲第二号証から第一一号証(枝番を含む。本訴甲第一〇ないし第二〇号証)を提出している。

(2) 商標権者(原告)の意見

原告は、本件商標登録の取消理由通知に対し、次のように主張し、証拠方法として別件登録異議の申立についての決定謄本(付与前異議)の写しを提出している。

引用商標「シティ」が申立人の略称であることは認められるとしても、この略称が取引者の間に広く認識されているとは認められない。

その理由としては、申立人は名称「シティバンク エヌ・エー」で広く認識されているものの、略称の「シティ」で広く認識されているとは、申立人提出の証拠方法をみても認められない。

すなわち、申立人が提出した証拠方法中、異議甲第四号証から第六号証(本訴甲第一二ないし第一四号証)及び異議甲第八号証から第一一号証(本訴甲第一六ないし第二〇号証)等には「シティ」が単独で使用された事実はほとんどなく、ましてやこれらの異議甲号証で「シティ」が取引者間に広く認識されていたとは認めることができない。

これらの異議甲号証ではほとんど「シティバンク」、「米シティ」、「米シティバンク」、「シティバンク エヌ・エイ」等の表示しかなく、これらの証拠方法で「シティ」を取引者間に広く認識された略称とすることはできない。

(3) 決定の判断

そこで判断するに、本件商標は、別紙に表示したとおり「CITY」の欧文字とその左に大きく書された「スーパーステップ」の片仮名文字より成るところ、この構成態様及び当該文字より生ずる「シティスーパーステップ」の称呼は冗長といえるものであるから、本件商標は、常に一体不可分のものとして看取されるものとはいえず、「CITY」の文字部分が独立して自他商品識別標識としての機能を果たし得るものであって、該文字部分より単に「シティ」の称呼をも生ずるというのが相当である。

次に、申立人は、米国有数の銀行であり、一九〇二年(明治三五年)に横浜に支店を開設して以来、日本国内において金融業を行っていることは、異議甲第四号証及び第五号証(本訴甲第一二号証及び第一三号証)によっても明らかであり、また、甲第九号証(日本経済新聞社発行の日本経済新聞金融関係記事抜粋。本訴甲第一八号証)中に、「シティ」の文字が多数見出し得るものであり、これはその記載内容からして、請求人の名称又は役務商標「シティバンク(Citibank)」を略したものといい得るものである。

そして、これらのことを総合勘案すれば、「シティ」の文字は、申立人の名称又は役務商標の略として、本件商標の登録出願時既に日本国内の金融業界においては広く認識されていたものというのが相当である。

そうとすれば、本件商標は、申立人の名称又は役務商標の略として広く認識されている「シティ」と称呼を同じくする「CITY」の文字をその構成中に有して成るものであるから、商標権者(原告)が、本件商標を指定商品に使用する場合、これに接する取引者、需要者は、恰もこれが申立人の業務に係り、あるいは何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのごとく、役務の出所について混同を生じさせるおそれがあるものといわなければならない。

したがって、上記の取消理由は妥当なものと認められるので、本件商標は、商標法四三条の三第二項の規定により、その登録を取り消すべきものである。

第三  原告主張の決定取消事由

決定は、本件商標の自他商品(役務)識別標識としての機能を果たす部分の認定判断を誤り、また、「『シティ』の文字は、申立人の名称又は役務商標の略として、本件商標の登録出願時既に日本国内の金融業界においては広く認識されていた」と誤って認定したものであり、これらを前提として申立人の取消理由に理由があるとしたものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

一  決定は、「(本件商標の)構成態様及び当該文字より生ずる「シティスーパーステップ」の称呼は冗長といえるものであるから、本件商標は、常に一体不可分のものとして看取されるものとはいえ(ない)」と認定した。しかしながら、本件商標の全体の称呼は「シティスーパーステップ」であり、称呼上「シティ」と「スーパーステップ」の二段階で構成される。そして、二段階の構成による称呼といえども、各段落はいずれも短く、全体の「シティスーパーステップ」の称呼も冗長とはいえない。

決定は、「本件商標は、常に一体不可分のものとして看取されるものとはいえず、「CITY」の文字部分が独立して自他商品識別標識としての機能を果たし得る」とも認定する。しかしながら、「CITY」は「都市」、「市」等を観念させる語であり、また、「シティ」からは、「金融街」という観念も生起している。本件商標の指定役務「預金の受入れ」との関係では、預金の受入業務を行う場所を観念させるものであり、特別顕著性のない記述的標章である。したがって、「スーパーステップ」ではなく、「CITY」の文字部分のみが独立して自他役務識別標識としての機能を果たすとはいえない。むしろ、片仮名表記の「スーパーステップ」の部分に自他役務識別標識としての機能が生じると認識すべきである。

二  決定は、「『シティ』の文字は、申立人の名称又は役務商標の略として、本件商標の登録出願時既に日本国内の金融業界においては広く認識されていた」と認定するが、申立人の名称として使用されている名称のほとんどは「シティバンク」であり、「シティ」とのみ表記されて使用されている例は極めて少ないのであり、決定の認定は誤りである。なお、「シティ」の表記を含む銀行名は、申立人の本社のある米国でも多数存在する。

第四  決定取消事由に対する被告の反論

一  「CITY」は「都市」、「市」等を観念させる語であり、本件商標の指定役務「預金の受入れ」との関係では、預金の受入業務を行う場所を観念させるものとの原告の主張事実は否認する。「シティ」からは、「金融街」という観念も生起しているとの原告主張事実も争う。ロンドン以外の金融街を「シティ」と称するような事実は存在しない。都市銀行について「citybank」又は「CITY」などと英語表記している事実も認められず、「CITY」、「シティ」が都市銀行的な観念が把握されることはない。したがって、「CITY」の文字は、自他役務の識別標識としての機能を十分に果たし得るものである。

本件商標は、「CITY」の欧文字と当該欧文字の二倍程度の大きさと太さをもって「スーパーステップ」の片仮名文字とを横書きして成るものであって、視覚上それぞれ独立して看者の認識の対象となるが、これが一体となって格別の観念が生ずるものとはいえない。これから生ずる「シティスーパーステップ」の称呼は比較的冗長といえるものであり、「CITY」の文字部分が指定役務との関係において識別標識としての機能を果たし得る以上、簡易迅速を旨とする商取引の実際にあっては、見やすく読みやすい上記欧文字部分をもって取引に資される場合も決して少なくなく、これにより、単に「シティ」の称呼も生じる。

二  申立人は、米国法人であって、世界有数の銀行であり、一九〇二年(明治三五年)に横浜に支店を開設して以来、日本国内において「シティバンク(Citibank)」の名称で金融業を行っていることは広く知られている。

そして、金融界にあっては、富士銀行を「富士(フジ)」、住友銀行を「住友(スミトモ)」、東海銀行を「東海(トウカイ)」とするように、業種名に相当する部分を省いて略称する場合が決して少なくない。申立人の「シティバンク」についても同様に業種名に相当する部分「バンク」を省いて「シティ」と略称するのはしごく当然のことであり、現にそのように略称されて今日に至っている。

少なくとも、本件商標の指定役務についてみれば、その登録出願時には、「シティ」といえば直ちに申立人を連想、想起させる程度に知られるに至っていたものである。

第五  当裁判所の判断

決定取消事由について判断する。

一  本件商標の称呼

本件商標は、「CITY」の欧文字と当該欧文字の二倍程度の大きさと太さをもって 「スーパーステップ」の片仮名文字とを横書きして成るものであるから(別紙の本件商標参照)、需要者にとって、視覚上は「スーパーステップ」がまず認識の対象となり、印象が強いものであり、また、「スーパーステップ」が日本の平易な文字であるのに対し、「CITY」の文字が欧文字であって、「スーパーステップ」の文字の約半分程度の大きさと太さであることからすると、視覚面からみて、「CITY」のみが役務の識別上独立して認識される可能性は低いものと認められる。かえって、本件商標における上記の構成態様及び書体によれば、本件商標は、「スーパーステップ」と称呼される可能性が大きく、少なくとも単に「シティ」と称されるより「シティスーパーステップ」と一連に称呼される可能性の方が高いものと認められる。したがって、「『CITY』の文字部分が独立して自他商品識別標識としての機能を果たし得るものであって、該文字部分より単に『シティ』の称呼をも生ずる」とした決定の認定には疑問があるといわなければならない。なお、決定は、「シティスーパーステップ」の称呼が冗長であると認定するが、本件商標を構成する「CITY」(シティ)、「スーパー」及び「ステップ」のいずれも日本人にとってもなじみの深い簡潔な英単語であり、この三者が一体となったからといって、冗長になるものとは認められない。

二  「シティ」の語の特別顕著性の有無

乙第一七号証によれば、研究社刊「新英和中辞典」(一九八八年(昭和六三年)第五版発行)の「CITY」の項目に、「CITY」の単語は「都市、都会」「市」「全市民」「(Londonの)シティー……英国の金融・商業の中心区域」「財界、金融界」の意味を持つ旨記載されていることが認められる。そして、「CITY」の単語の発音「シティ」ないし「シティー」がシンプルなものであることも相まって、これらの意味はいずれも日本人にとってなじみの深いものとなっており、極めて理解のしやすいありふれた普通名詞となっていることは、当裁判所に顕著である。

したがって、特段の事情の認められない限り、本件商標の「CITY」(シティ)の部分に自他役務識別標識として機能すべき特別顕著性を認めることはできない。

三  シティバンクと「シティ」

そこで、「シティ」について特別顕著性が認められるかについて、登録異議申立人シティバンク エヌ・エイ(以下「シティバンク」という。)との関係でこれを検討する。

(1) まず、甲第一二、第一三号証によれば、シティバンクは米国法人であって、世界有数の銀行であり、一九〇二年(明治三五年)に横浜に支店を開設して以来、日本国内において「シティバンク(Citibank)」の名称で金融業を行っていることが認められる。

(2) 次に、シティバンクが日本国内においてどのように称されているかについてみると、次のとおりである。

(a) 上記の甲第一八号証(異議甲第九号証)によれば、日本経済新聞の記事(一九八七年(昭和六二年)五月二日から一九九四年(平成六年)三月九日まで)の中にシティバンクが「シティ」と単独で表記されていることもあるが、多くは見出しにおいてであり、その記事本文においては、「シティバンク」ないし「米シティバンク」等とフルネームで表記されている場合が多いことが認められる。また、甲第一四号証(異議甲第六号証)によれば、一九八九年(平成一年)六月六日から一九九三年(平成五年)四月二八日までの朝日新聞の記事で、シティバンクを「シティ」と略して表記している例は見当たらず、 「シティバンク」ないし「米シティバンク」等とフルネームで表記している例だけが検索されたことが認められる。

(b) 甲第一九号証(シティバンクが日本で発行しているパンフレット。異議甲第一〇号証)によれば、シティバンク発行のパンフレットの記載に、自らを「シティ」ないし「CITI」、「CITY」と略称している表記は見受けられない。

(c) そして、シティバンクの英語表記は「CITIBANK」であり(甲第一九号証)、「CITY」の語を含むものではないし、「CITI」と「BANK」とはスペースを置かずに一体に綴られているから、「CITY」にあやかったものであることが推測されるにしても、シティバンク自身も「シティ」と略称されるよりも、「シティバンク」と一連に称呼されるように一般にアピールしているものと推測することができる。

(d) これらによれば、シティバンクを単に「シティ」と略称している例は、簡潔を旨とする新聞記事の見出しにおいて時に見受けられる程度であり、その場合も本文においてはほとんど「シティバンク」ないし「米シティバンク」と表記しており、一般には「シティバンク」とフルネームで同銀行を表記しているものということができる。

(e) なお、乙第七、第八及び第一一号証によれば、一九八七年(昭和六二年)八月一七日、一九八九年(平成一年)六月一九日及び一九九〇年(平成二年)三月三〇日の日本経済新聞の本文にシティバンクを「シティ」と略称して表記している例のあることが認められるが、前記甲第一八号証によって認められる事実関係に照らせば、これはむしろ例外的な記事の記載方法であるものということができる。乙第一三、第一四及び第一六号証によれば、雑誌「マネージャパン」一九九七年(平成九年)一一月号並びに雑誌「日経マネー」 一九九八年(平成一〇年)五月号及び一〇月号に、シティバンクを「シティ」と略称している表記のあることが認められるが、これも、表題における記載においてであり、また、他に「シティバンク」と表記している箇所があって、さらには米国に本店を有するシティバンクが扱う外貨預金についての特集記事であることから、「シティ」が「シティバンク」を意味することが一見して分かる表記となっているのであるから、これらの表記のあることをもってしても、前記認定は左右されない。また、乙第一五号証によれば、雑誌「日経マネー」一九九八年(平成一〇年)八月号にシティバンクを「シティ」と本文で表記している記事があることが認められるが、これも、その前の「シティバンク」とフルネームで表記した部分に続くものであることから、「シティバンク」の略称であることが一見して判明するものとなっていることが明らかである。

(3) 以上示したところに、前記二で示した「シティ」の語についての日本人の認識を合わせてみると、「シティ」ないし「CITY」が、米国に本店を有する銀行であるシティバンクの略称として、本件商標登録出願時、日本において広く認識されていたものと認めることはできない。

したがって、本件商標の「CITY」の部分についてシティバンクとの関係で特別顕著性を認めることはできず、その部分について自他役務識別力として機能すべき特別顕著性を認めるべき事実関係を認めるべき立証はないといわざるを得ない。

四  決定取消事由についてのまとめ

結局、本件商標は、「CITY」の部分のみが抽出されて「シティ」と称呼されるより、むしろ片仮名文字から「スーパーステップ」と称呼されるか、「シティスーパーステップ」と一連に称呼されるものであり、また、そこに含まれる「シティ」の部分がシティバンクの略称として広く認識されているものとも認められないので、取引者、需要者にとって、本件商標がシティバンクの業務に係り、あるいは何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのごとく、役務の出所について混同を生じさせるおそれは認められないというべきである。

これに反する決定の認定、判断は誤りであり、この誤りは決定の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告主張の決定取消事由は理由がある。

第六  結論

よって、本件商標の登録を取り消した決定は取り消されるべきであるから、主文のとおり判決する。

(平成一一年三月二日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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